こんにちは、ピンキーです!
本日は、8月31日(日)の『情熱大陸』に出演される 宮本まさ江さんについて紹介したいと思います。
宮本まさ江さんは、”日本映画界のゴッドマザー” の異名を持つ人物で、この方なしでは、現在の映画衣装を語ることは難しいと言われるほどの人物だそうです。
8月31日(日)よる11時
放送 MBS/TBS系 #情熱大陸日本映画界の“ゴッドマザー”
作品に風合いを生み出す衣装作り pic.twitter.com/hITJ2Forcb— 情熱大陸 (@jounetsu) August 24, 2025

予告動画の真剣なまなざしを見るだけでも、引き込まれるものがありますね!!
映画衣装と言えば、裏方さんなので名前が前に出てくることはほとんどないと思うのですが、
これまでに、宮本さんが関わった映画衣装の作品タイトルを少し紹介すると・・・
- キングダムシリーズ
- ゴールデンカムイ
- デスノート Lightup the new world
- 燃えよ剣
- 世界の中心で、愛をさけぶ
- 不夜城
などなど、衣装を担当した映画作品は200本以上にもわたるそうです。
有名作品も多いので「この映画見たことある!」って人も多いのではないでしょうか。
衣装を手掛けた代表作を紹介するだけでも、宮本さんが凄い人だということはわかりますが、
今回は ”凄さの秘密” について、凄いと言われる理由について深掘りしてみました!
また、経歴などプロフィールや 両親や兄弟・結婚歴など家族についても調査しました。
この記事では、
について知ることができます。
映画衣装デザイナーや宮本まさ江さんについて興味のある方は、ぜひ最後までご覧くださいね。
宮本まさ江(映画衣装)は何が凄い?
宮本まさ江さんの長いキャリアの中で、何が凄いと一言では言えませんが、
ここでは「凄さの理由」を5つに分けてわかりやすくまとめてお伝えしたいと思います。
凄さの理由 ①
作品への深い理解とリアリティの追求が凄い!
脚本を深く読み解いて、役柄の背景や作品全体の世界観を緻密に想像することが楽しいと語っておられます。
その想像力を活かして衣装を制作しているのだそうです。
『ゴールデンカムイ』の民族衣装では、素材となる草の繊維から降り方を再現したり、
北海道の博物館を訪問し、実物を研究するなど、リサーチを徹底することでリアルな衣装が再現され、作品により深みを与えているという所です。
凄さの理由 ②
俳優さんへの貢献が凄い!
細部まで衣装にこだわる理由の1つが、衣装が俳優さんに与える影響を考えてのことなんだとか。
俳優さんが衣装を身に着けることで、その役柄に深く入り込めるようにと考えているそうです。
役者さんの中には、宮本さんから衣装の話を聞くだけで役柄を理解できるという人もいるほどだそうです。
ほんとに!?と思うエピソードですが、プロ中のプロの仕事はそういう事があるのかもしれませんね。
凄さの理由 ③
幅広いジャンルへの対応力が凄い!
「時代劇」から「現代劇」まで200本以上という膨大な数の映画の衣装を手掛けているため、
その作品に適した衣装を作り出すデザイナーとしての手腕が高く評価されているそうです。
むしろ作ったことのないジャンルの作品を探す方が難しかもしれませんね!
凄さの理由 ④
年間平均4本以上のペースの活動が凄い!
オファーが多いのだろうとは思いますが、素人でも年間4本以上のペースで映画の衣装に携わっていることが凄いことだろうとは想像できますよね。
作品にもよりますが、映画の制作期間は、数か月はかかると言われています。
年間4本という数字はギリギリいっぱい精力的に活動しているということではないでしょうか。
凄さの理由 ⑤
日本映画界の ”ゴッドマザー” で凄い!
衣装制作だけでなく、現場でのコミュニケーションを通じて、俳優さんの不安や緊張を和らげるなど、現場で常に頼られる存在として、日本映画界に大きく貢献している人物としてとらえられています。
その功績が認められた証が、さまざまな受賞歴でもあると考えられますね。
宮本まさ江(映画衣装)のwiki年齢・経歴プロフィール
出典元:情熱大陸HP
年齢については推定年齢となっています。
後述している【経歴】をふまえて考えると、20歳くらいで転職したとすると、推定年齢は 60前半になると考えました。

学歴についての詳細な情報は、公開されていませんでした。
中学・高校や大学(もしくは専門)など学生時代については不明ですが、卒業後すぐに映画衣装の世界に飛び込んだわけではありませんでした。
「経理」から映画衣装の道へ
学校卒業後の就職先は、岩波映画の『経理』のお仕事でした。
岩波映画とは、当時の日本の記録映画を制作する会社で、ドキュメンタリーや教育映画などを多く制作していた会社です。(※1998年に倒産)
ある時、友人の夫がスチール写真の仕事をしていた関係で、現場見学にいくことに。
そのことがきっかけで、映画衣装の道に進むことになったそうです。
- 1985年 『第一衣装』に入社。
- 1988年 フリーのスタイリストに転身。
衣装のデザインの仕事をしたいと思い、会社を辞めて学校に行こうと考えていたそうです。
しかし ”感性の問題” と考え、独学・自己流でやっていくうちに自分のスタイルが出来上がっていったそうです。

もちろん努力も人一倍だと思いますが、持っている ”天性の才能” もあったのかもしれませんね。
- 1998年 映画館『シネマ下北沢』をオープンし支配人となる。
- 2000年 市川準 監督の映画『ざわざわ下北沢』をプロデュース
- 2001年 『株式会社ワード・ローブ』設立

衣装のお仕事だけじゃなくて、プロデュースや経営もされる多才な方だったんですね。
受賞歴
長いキャリアの中で、インディーズ映画から超大作まで、幅広いジャンルの映画の衣装を手掛けておられ、受賞歴もありました。
- 2013年 第36回日本アカデミー賞教会(特別賞)
- 2019年 第74回毎日映画コンクール(特別賞)
- 2023年 芸術選奨文部科学大臣賞
などを受賞されるなど、高く評価されています。
宮本まさ江(映画衣装)の両親・兄弟・結婚など家族は?
実家の両親や兄弟など家族構成は?
経理の仕事から、映画衣装の道に進むことになった経緯は前述した通りですが、実は映画関係で別の仕事も勧められていたそうです。
映画の撮影シーンの内容を記録・管理する「スクリプター」も勧められたそうですが、衣装を選んだのには理由がありました。
実家が、代々「洋服屋」を経営していたそうです。
- 祖父
- 父親
- 父親の兄弟
み~んな「洋服屋」さん!!

子どもの頃によくお手伝いをさせられていたので「洋服関係の仕事だけはしたくない」と思っていたそうです(笑)
母親の家系は「床屋」さんだったそうで、両親ともに ”職人気質” の家で生まれ育ちました。

しっかりと両親の血と家系を引き継ぐ職業を選んでいますね
( *´艸`)
結婚歴・夫や子供は?
俳優の市原悦子さんからは、「まさ江ちゃんは、映画の神様と結婚したからね。」
と言われたエピソードが『情熱大陸』で紹介されていました。
仕事に情熱を傾け、仕事に人生の多くを捧げていることを比喩的に表現している感じがします。
少なくともその時は、独身で夫や子供はいなかった可能性が高そうだなと思いました。

衣装や作品が「子ども」と言えるかもしれませんね。
宮本まさ江(映画衣装)は何が凄い?両親・兄弟・結婚歴は?wiki年齢・経歴プロフィール【情熱大陸】
今回は、映画衣装デザイナーの宮本まさ江さんの ”凄さの秘密” について深掘りし、凄いと言われる理由について調べてみました。
また、経歴などプロフィールや 両親や兄弟・結婚歴など家族についても調査しました。
- 宮本まさ江(映画衣装)の何が凄い?
- 宮本まさ江(映画衣装)のwiki経歴プロフィール
- 両親・兄弟・結婚歴など家族は?
本日も最後までご覧いただきありがとうございました。
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